「会社を売る」「会社を買う」と一口に言っても、契約書に書かれる中身は案件ごとに違います。株式を渡すのか、事業だけを切り出すのか、それとも新株を引き受けてもらうのか。ここで選ぶ手法によって、税金も、引き継ぐリスクも、売り手の手元に残る現金も変わります。
当社への初回のご相談で、手法をあらかじめ決めて来られる経営者の方は多くありません。それで構わないと考えています。ただ、全体像を1枚の図で持っているかどうかで、その後の相談の進み方はまるで違います。
当ブログの第四弾となる今回は、M&Aの手法を全体像から整理し、実務でよく使われる6つのスキームの仕組みと使いどころを解説します

M&Aの全体像――4つの分類
M&Aは合併(Merger)と買収(Acquisition)の略語です。直訳すれば「合併・買収」ですが、日本ではシンプルに企業買収とも呼ばれています。形態は様々でも、ある会社が別の会社を所有または支配するための経済行為であり、経営権の移転を伴う点は共通です。
図表1のとおり、手法は大きく合併、買収、会社分割、資本提携の4つに分かれます。合併は新設合併と吸収合併、買収は株式買収と事業譲渡に分かれます。株式買収はさらに株式譲渡、株式移転、株式交換に分かれます。会社分割は新設分割と吸収分割に分かれ、資本提携は第三者割当増資を、普通株式、種類株式、新株予約権付社債などの形で行います。
なお、2021年3月施行の改正会社法で「株式交付」という制度が加わり、自社株式を対価とする子会社化の選択肢が一つ増えました。図表1は伝統的な分類を示したものであり、以下の解説もこの分類に沿って進めます。
図に並ぶ手法のうち、当社の実務で出番が多いのは6つです。合併、株式譲渡、株式交換、事業譲渡、会社分割、第三者割当増資。順に見ていきます。
合併――組織も人も株主も、すべて一つにする
合併は、組織、人材、資金、そして株主までをすべて統合する手法です。組織と人事の統合を伴うため、企業文化や人事制度が大きく違う会社同士にはあまり向きません。
合併には新設合併と吸収合併があります。新設合併は新しい会社を設立し、合併する複数社の事業を引き継がせる方法です。吸収合併は1社を存続会社とし、他社を解散して、その財産と権利義務のすべてを存続会社が引き継ぐ方法です。
実務では、新設合併はグループ内の事業を整理統合する再編で多く見られ、独立した事業会社同士の合併は吸収合併が一般的です。
株式譲渡――最も手続きが簡単で、中小企業M&Aの主流
株式譲渡は、株式を買い取ることで会社を支配する方法です。M&Aの中でも手続きが簡単で、中小企業のM&Aでは最もよく使われています。
変わるのは株主だけです。会社名も、会社が持つ債権債務も、取引先との契約関係も、すべてそのまま引き継がれます。対外的に目に見える変化はほとんどありません。
株式の保有比率によって、経営に対する権限は大きく異なります。議決権の3分の2以上を保有すれば株主総会の特別決議を単独で可決できるため、会社を実質的に支配できます。通常、中小企業の株式譲渡は100%の譲渡が前提です。
株式交換――現金を使わずに買収する
株式交換は、買い手が売り手企業の株式を取得する対価として、現金ではなく自社の株式を割り当てる方法です。買い手は手元資金がなくても他社を完全子会社にできます。要は、キャッシュレスの買収です。
買い手が上場会社であれば、売り手企業の株主は受け取った株式を市場で売却できます。買い手が未上場会社の場合は話が変わります。受け取るのは未上場株式ですから、現金化が難しいことが売り手側のデメリットになります。
もう一つ、見落とされやすい点があります。売り手企業の株主は、株式交換後に買い手企業の株主になります。つまり、売り手のオーナーが買い手の経営に参画する形になるため、両社の株主構成をどう設計するかが論点になります。
事業譲渡――事業の一部だけを切り出す
事業譲渡は、会社の事業の全部または一部を売買する手法です。会社そのものではなく事業を対象にするため、譲渡する資産・負債と自社に残す資産・負債を明確に線引きする必要があります。
手間もかかります。引き継ぐ法人格が変わるため、売掛金や在庫といった個々の資産と、不動産賃貸契約や取引基本契約といった個々の契約は、一つずつ移し替えや再契約が必要です。この作業量は、実務では当初の想定より重くなることが少なくありません。
その代わり、大きなメリットがあります。譲渡する資産・負債が明確であるため、買い手が簿外負債を引き継ぐリスクがないことです。
会社分割――事業譲渡と合併の中間
会社分割は、大型化した多角化部門などを整理し、企業規模を適正化する際に用いられる手法です。事業を切り出す点は事業譲渡に似ていますが、対価を現金ではなく新株の発行に求める点は合併に似ています。
会社法では、承継先が既存の会社か新設する会社かによって、新設分割、吸収分割、共同新設分割に分類されます。会社法上の会社分割は、分割対価を分割会社が受け取る「分社型」が基本形です。法人税法上は、分割後の株式が分割会社に渡る場合を分社型分割、分割会社の株主に渡る場合を分割型分割として区別します。
メリットは、株式交換と同様に資金がなくても買収できることです。分割型分割の買い手が上場会社で売り手が未上場企業の場合、売り手企業の株主は受け取った上場株式の一部を資金化できます。
デメリットもあります。未上場会社が会社分割を使ってM&Aの買い手になると、売り手側は換金性に乏しい株式を受け取ることになります。税務の取り扱いも煩雑になりがちです。
第三者割当増資――100%は取れないが、段階的に進める道がある
第三者割当増資は、売り手企業が新たに株式を発行し、買い手企業に引き受けてもらう方法です。会社に資本が注入されるため、売り手企業の財務基盤が強化されます。買い手から売り手企業へ役員を派遣するケースが多く見られます。
株式譲渡と同じく株式を取得する方法ですが、既存の株主が残りますので、100%の完全買収はできません。
では、完全買収を目指す場合に使えないのかと言えば、そうではありません。売り手企業のリスクを見極めるのに時間がかかる場合、まず第三者割当を受けて経営に参加し、後で既存株主の株式を買い取る「2段階買収」の第一段階として用いられます。
第三者割当増資には、普通株式のほかに種類株式や新株予約権付社債といった選択肢もあります。配当や議決権、転換の条件を設計することで、お互いの出資目的を明確にした形にできます。
おわりに――スキームは「目的・規模・リスク・手離れ」で決まります
6つのスキームに優劣はありません。どれを使うかは、その案件の目的、買収規模、事業特性、会計・税務のリスク、そして買収が不調に終わった場合の手離れの良さを勘案して決めることになります。
当社の実務では、初回のご相談の段階でこの図を横に置き、「何を引き継ぎ、何を残すのか」から逆算して候補を絞り込みます。スキームが決まれば、M&Aの流れ(4つのフェーズ)で解説した各工程で確認すべき事項も定まります。
M&Aを検討されている経営者の方は、手法を決める前の段階で結構です。お問い合わせフォームよりご相談ください。
執筆:ジェイ・キャピタル・パートナーズ株式会社
代表パートナー 田中博文(証券会社でのIPO・M&A実務経験20年。中小企業庁「M&A支援機関に係る登録制度」登録事業者)
