コーポレートガバナンス・コードが5年ぶりに改訂 ― 取締役会に問われる「成長投資」と事業ポートフォリオの説明
金融庁と東京証券取引所を共同事務局とする有識者会議は2026年7月21日、「コーポレートガバナンス・コード(2026年改訂版)」を公表しました。2021年6月以来、5年ぶりの改訂です。パブリックコメントには147の個人・団体から意見が寄せられました(出典:金融庁公表資料、2026年7月21日)。
コードの改訂と聞くと、開示担当部門の様式対応を思い浮かべる方が多いかもしれません。当社も公表資料を開く前は、開示項目の追加が中心だろうと見ていました。ところが、今回の主役は開示の様式ではなく、取締役会の議題そのものでした。本稿では改訂のポイントを3つに絞り、M&A実務との接点まで読み解いてみたいと思います。
細則を手放したコード ― 「解釈指針」の新設
まず、コードの作りが変わりました。原則は抽象的・概念的な内容に限定され、具体的な対応内容や趣旨・背景は、新設された「解釈指針」に移されました。解釈指針は、コンプライ・オア・エクスプレイン(原則を実施するか、実施しない理由を説明するか)の対象外です(出典:金融庁「改訂趣旨説明文書」2026年7月21日)。
要は、原則を細かい項目のチェックリストとして消化する運用をやめ、自社の言葉で説明する本来の姿に立ち返らせる設計です。改訂趣旨説明文書も、形式的な対応にとどまっているという問題意識を明記しています。
「対象となる原則が減って楽になる」と読みたくなるところです。当社はむしろ逆だと考えます。細則が消えた分、なぜこの体制なのかを自社の言葉で語る負担は増えるからです。
ポイント1:「成長投資」の説明が取締役会の責務になった
今回の改訂は「成長投資の促進に向けた改訂」と銘打たれています。取締役会の責務として、会社の目指す姿に向けた成長の道筋を構築することが明記されました。
説明を求められる対象は具体的です。設備・研究開発・人的資本・知的財産等の無形資産への投資、そして事業ポートフォリオ(事業の組み合わせ)の見直し。経営資源配分(キャピタルアロケーション)を不断に検証することも追記されました。
現預金の保有が否定されたわけではありません。合理性を説明できる限り、適正な水準の保有は認められる整理です。裏を返すと、説明のつかない現預金と、資本コストを下回り続ける事業は、これまで以上に投資家との対話の照準に入ります。
ポイント2:独立社外取締役と、それを支える事務局
取締役会の機能強化も柱の一つです。独立社外取締役については、人数だけでなく役割と質が問われる書きぶりになりました。あわせて、コーポレートセクレタリー(取締役会事務局)など、社外取締役を支える事務局機能の強化が明示されました。
解釈指針には、新しいリスクへの目配りも入りました。サイバーセキュリティ、地政学的要因によるサプライチェーン(供給網)の途絶、技術・情報流出の3つです。取締役会が引き受けるリスク管理の守備範囲は、一段広がったと読めます。
ポイント3:有価証券報告書は「総会の3週間以上前」へ
原則1-2には、有価証券報告書を株主総会前に提出する考え方が盛り込まれました。解釈指針は、総会開催日の3週間以上前の提出が最も望ましいとしています。
3月期決算で6月26日に総会を開く会社を考えてみます。3週間前は6月5日です。金融商品取引法上の提出期限は事業年度経過後3か月以内、つまり6月末ですから、期限近くで提出してきた会社は決算・監査・開示の工程を3週間ほど前倒しすることになります。監査法人との日程調整を含め、経理部門だけでは完結しない話です。
適用時期 ― 2027年7月末までにガバナンス報告書を提出
上場会社は、遅くとも2027年7月末までに、改訂版に対応したコーポレート・ガバナンス報告書を提出することが求められます(出典:金融庁「改訂趣旨説明文書」2026年7月21日)。公表から期限まで約1年です。3月期決算の会社であれば、2027年6月総会の前後で対応方針を固める日程感でしょう。
当社の見解 ― この改訂はM&Aの話でもあります
ここまで読んで、M&Aとどうつながるのかと思われたかもしれません。鍵は「事業ポートフォリオの見直しを具体的に説明する」という要請です。
保有し続ける理由を説明できない事業について、取締役会は説明を組み立てるか、切り出し(カーブアウト)や売却を検討するか、いずれかを迫られます。説明責任の強化は、実務では事業の入れ替え、つまりM&Aの検討を後押しする力として働きます。政策保有株式の縮減要請が売却と資本政策見直しの波を生んだのと、同じ構図だと当社は考えます。
先月には、経済産業省が「企業買収における行動指針」のポイント・Q&Aを公表しました。あちらが買収局面という有事の規律だとすれば、今回のコード改訂は平時の規律です。平時から事業ポートフォリオの検証を怠らない会社は、買収提案を受けた局面でも、企業価値を軸に説明ができます。両者は一本の線の上にあります。行動指針については別稿で整理していますので、あわせてご覧ください。
おわりに
改訂対応を、ガバナンス報告書の書き換え作業として片付けるか。それとも、事業ポートフォリオと資本政策を見直す機会として使うか。差がつくのはそこだと当社は考えます。
当社は、事業ポートフォリオの検証から、カーブアウト・事業売却、資本政策の設計まで、独立系の立場でご支援しています。検討の初期段階のご相談にこそ価値があると考えていますので、どうぞお気軽にお問い合わせフォームよりご連絡ください。
執筆:ジェイ・キャピタル・パートナーズ株式会社
代表パートナー 田中博文(証券会社でのIPO・M&A実務経験25年。中小企業庁「M&A支援機関に係る登録制度」登録事業者)
